子どもにお金の話をする

まず、「子どもにお金の話をする」ことについてです。
とにかく大切なことは、「子どもにお金の話をしよう」ということそのものです。
内容よりもまず、「お金の話を避けて通らないで」ということなのです。
前述のとおり、お金の話ははしたない、教育的でないという感覚がどうしでもあるので、なかなか教育の場でトピックと
して取り上げられにくいのが現状です。
この状況を改善するには、家庭教育の当事者たちに、その必要性を理解してもらうことがまず何よりも必要な第一段階なのです。
特に、家庭での経済教育において、基本的なキーワード「お金とは何か」という点については整理が必要でしょう。
この根源的な観念について、分かりやすく表現すると、「お金は感謝のしるし」というひと言でまとめることができるかもしれません。
お金には、交換の手段であったり、価値や信用の尺度であったりと、いくつかの側面があります。
「感謝のしるし」であれば、お金のやり取りが行われるほぼ全ての場面に当てはまり、もちろん身近な生活の場面でも、実際に感じることができます。
近所で買い物をするとき、例えば大好きなチョコレートを店で買うとき、「チョコレートを売ってくれてありがとう」という気持ちで買い物をしている訳です。
そのチョコレートを売っているスーパーは、チョコレートを製造している工場に、「作ってくれてありがとう」と対価を支払い、チョコレート工場は「原料を運んでくれてありがとう」とトラックや船に支払い、トラックや船は、「原料のカカオ豆を収穫してくれてありがとう」とアフリカや南米の農
家に支払うのです。
この手元のチョコレートに対して払う少しのお金が、「ありがとう」を通じて地球の裏側まで循環するという図は何でもないことのようですが、新鮮な驚きでもあります。
こうした例によって、子どもでも現代のグローパル経済を、身近に感じることができるのではないでしょうか。
「ありがとう」に対してお金を払うことは、消費の場面だけではなく、自分で働いてお金を稼ぐときにも、「何か感謝してもらえるような価値のある仕事をする必要がある」という理解につながります。
それは、職業選択の一つの指針にもなるはずです。
また、働き出した後も、自分の得た収入が何に貢献したことの対価なのか、自問自答してみるきっかけになるでしょう。
よくメディアでは、お金持ちを戯画化して下品に描くということが好んで行われます。
大人同士の会話でも、「金回りの良い人は、きっと悪いことでもしているんだよjという言い方をしたりもします。
こうしたことは、きっと羨望や嫉妬の混じった感情からくるのでしょうが、それはお金というものの影の部分を肥大化して見せています。
そのような捉え方をしてしまうと、「お金を稼ぎたければ、少々危ないことをするのは仕方がないのだ」という発想にもなりかねません。
教育という観点からは、気を付けたい考え方です。
また、投資に対する考え方として、お金を「使う」→「貯める」→「投資する」→ 「寄附する」と発展するに従って、視野が現在からだんだんと遠い未来へ、また自分だけのためから、自分と他人のため、そして他人・社会のためへと、時間も空間も広がっていくという捉え方があります。
自分の成長とともに、お金の使い方も成長させることができる訳です。
子どもにはまだピンと来ないかもしれませんが、将来にわたって参考になる考え方ではないでしょうか。
この考え方に立つと、「寄附行為」についても将来を見据えた投資と捉えることもできますね。
日本では今のところ、寄附行為が経済の一部に組み込まれているという状態とはいえないでしょうが、今後重視されるであろう視点として、子どもとの会話の中に登場しでもよいのではないかと思います。

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