金融リテラシーが求められる背景

バブル崩壊が一つのきっかけとなり、日本はさまざまな面で変質を余儀なくされている。日本企業では戦後、終身雇用と年功序列型賃金の制度が定着していた。この制度は、一度会社に入ればリストラの不安はなく、年齢に連れて肩書きや給料が上がる仕組みであった。これは、自分の将来を平均的な先輩社員の姿に重ねることで、人生設計が立てやすくなる他国には見ない制度である。しかし、この制度が機能するためには、メインパンク・システムで銀行が企業を守り、護送船団方式で政府が銀行を守るような、リスクを上位主体が肩代わりしてくれるからこその制度でした。

現在では、国際化や自由化などが進み競争環境が厳しさを増し、経済主体それぞれから余裕が失われ、それまで、上位主体が担っていたリスクが下位へ降りてくるようになった。そして、個人やその家計はリスクを受け止めるだけで、肩代わりさせる下位主体が存在しない。安心できる場所を失ってしまうことを意昧し、何かやりきれない感じがするが、この現象は日本が資本主義をうたう以上、仕方がないことではないだろうか。資本がリスクを負担するのが資本主義ではあるが、個人やその家計が資本の最終的な担い手である。このことは、いろいろな場面で個人に自己責任が、いわれるようになったことの要因の一つと捉えられる。さらに、少子高齢化も急速に進んでおり、年金に象徴される世代間の問題を表面化させ、自己責任に関する思考体系の変化を促進している。金融面での自己責任問題には、業者側に適合原則が完遂されていることが前提。しかし、業界的に不祥事が絶えないだけに、業者任せにせず自分で身を守る必要性がある。こういう点も、現在、金融リテラシーの必要性が唱えられている背景ではないだろうか。